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広島高等裁判所 昭和41年(行コ)10号 判決 1968年6月04日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張と証拠関係は、原判決二四枚目裏七行から八行にわたつて、「学校統合運動」とあるのを「学校統合反対運動」と、原判決四八枚目表五行に「秋山秀雄」とあるのを「秋山重雄」と、原判決四九枚目裏一〇行に「最上とめよ」とあるのを「最上トメヨ」と、それぞれ、訂正し、次に附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

立証(省略)

理由

先ず、本件訴の適否について判断する。

本件訴訟は、被控訴人において、控訴人が地方公務員法第二八条第一項の規定に基づき、被控訴人を広島県安佐郡〓園町公立学校校長から同町公立学校教員教諭に降任するとした処分の違法を主張して、その取消を求めるものである。

被控訴人は、その主張によれば、本件降任処分の当時、広島県安佐郡〓園町立長束小学校長であつたというのであるから、〓園町の職員として地方公務員たる身分を有し、且つ、いわゆる県費負担教職員として、少くともその任免関係においては、控訴人に対し、特別の法律上の義務に服すべき、いわゆる公法上の特別権力関係にあることは明らかである。

そして、本件降任処分が、被処分者を終局的に当該特別権力関係から排除するものでないことはいうまでもない。しかし、それが、本人の意思に反して上位の地位に伴う利益を奪うものである以上、公務員たる個人の権利を害するものであることは明らかであつて、特別権力関係の内部的処分として、司法権の対象になり得ないものとはいえない。

また、本件降任処分のような地方公務員の分限処分に関しては、特別権力関係における行為として、任命権者に或る程度の裁量権が認められる。しかし、地方公務員法第二八条第一項各号に該当するか否かの判断は、純然たる自由裁量に委された事項ではなく、右法条の趣旨に副う一定の客観的標準に照らして決せられるべきものであり、若し、任命権者において、分限事由とせられる事実が右客観的標準に合致するか否かの判断を誤つて分限処分をした場合には、その分限処分は、任命権者に認められる裁量権の行使を誤つた違法のものたるを免れないというべきであつて、右客観的標準に合致するか否かの判断は、地方公務員法第八条第八項にいう法律問題として裁判所の審判に服すべきものといわねばならない(昭和三五年七月二一日最高裁判所第一小法廷判決参照)。被控訴人は、本訴において、分限事由の存在を争い、本件降任処分の違法を主張するのであるから、裁判所がこれを審査する権限を有することが明らかである。

また、行政事件訴訟法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律による改正前の地方公務員法中には、同法第二八条に基づく処分について出訴し得る旨の規定の存しないことは、控訴人主張のとおりであるが、それは、右のような処分について、どのような場合にも出訴することを禁じた趣旨ではなく、たとえ、地方公務員法中に右のような処分について出訴し得る旨の規定がなくても、旧行政事件訴訟特例法に定める要件に該当する場合には、右のような処分についても出訴し得るものと解すべきである。したがつて、本件降任処分が取消訴訟の対象となり得ることはいうまでもない。

ところで、被控訴人が、本件降任処分について、昭和三四年二月二七日広島県人事委員会に対して不利益処分の審査の請求をしたけれども、また、その裁決がなされないことは、当事者間に争いがない。しかし、被控訴人が右の審査の請求をした日からすでに三カ月を経過したことは記録上明らかであつて、本件は、行政事件訴訟法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律附則第二項、旧行政事件訴訟法特例法第二条但し書の規定により、右三カ月の期間の経過と同時に適法となつたものといわねばならない。

次に、本案の当否について判断する。

被控訴人は、広島県安佐郡〓園町立長束小学校長であつたが、昭和三四年二月二一日、控訴人が、地方公務員法第二八条第一項の規定に基づいて、被控訴人を、広島県安佐郡〓園町公立学校校長から同町公立学校教員教諭に降任する旨の処分をなし、同日、その旨の通知が被控訴人に到達したことは、当事者間に争いがない。そこで、被控訴人に地方公務員法第二八条第一項規定のその職に必要な適格性を欠く場合にあたる事由があるかどうかについて検討する。

控訴人が被控訴人を公立学校校長としての不適格性の徴表として主張する具体的な各事実に対する認定判断は、次に附加するほか、原判決の理由中第四の一、二、三(原判決五五枚目裏六行から七九枚目九行まで。但し、原判決七〇枚目裏七行に「第一〇一号証の二、三」とあるのを「第一〇一号証の一、二」と同六六枚目表七行、七三枚目表一行、七五枚目裏一一行に「最上とめよ」とあるを「最上トメヨ」と各訂正する。)の判示と同様であるから、これを引用する。

成立に争いのない乙第一〇七号証の一、二、四、六、七、八、一〇、一一、一二、一三、一四、当審証人洞木功、蔵本正、吉岡義朝、森田晴夫、有馬静男の各証言によれば、控訴人主張の学校統合問題について、〓園町では、昭和三二年六月一四日の同町議会において、文部省の方針にそつて、長束小学校と原小学校とを統合し、その中間に新校舎を建設する計画案が賛成多数で可決されたこと、右の学校統合問題について当初、原小学校側では反対運動が起らなかつたが、長束小学校側では、PTA会員のうち賛成九五名、反対一五八名であつたこと、その後、長束小学校存置期成同盟が結成されてから、右学校統合反対運動がはげしくなつたこと、被控訴人が長束小学校存置期成同盟によつて作成された「請願書」の印刷に協力したり、その会合に学校の講堂を使用させる等の便宜を図つたり、被控訴人自身がその会合に出席したりしたこと、また、勤務評定書の提出について、〓園町教育委員会関係者や同僚校長等が、しばしば、被控訴人に期限内に提出することを勧告したこと、それにも拘らず、被控訴人は、これを聞き入れようとしなかつたこと、当時、広島県下の校長は、広島県教職員組合に加入していたが、同組合によつてはげしい勤務評定反対運動が行われ、組合の会合において、各校長に対し、勤務評定書を提出しないことや勤務評定義務不存在確認訴訟の原告となつて貰いたい旨の指示がなされたこと、被控訴人ほか四名の校長が勤務評定書を期限内に提出しなかつたが、被控訴人以外の他の四名の校長は、期限に一両日おくれて各市町村教育委員会に提出したため、県教育委員会に対する期限には間に合つたけれども、被控訴人は、県教育委員会に対する期限にも間に合わなかつたこと、そして、被控訴人以外の他の四名の校長は、いずれも訓告処分に付せられたことが認められるが、これをもつて原審の認定をくつがえすには足りない。

また、朝礼台の購入について、仮りに控訴人主張のような事実があつたとしても、原審認定のような学校予算と学校経営の実情に照らしてみると、被控訴人の所為が一概に予算を無視してなされたものとは即断し難く、一方的に被控訴人だけを咎めだてすることはできない。

また、当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人が昭和二九年一月三日の消防出初式に出席中卒倒し、二〇日間意識を失い、急性蜘蛛膜下出血で重態となり、同年三月末日まで三カ月間欠勤したことを認め得るが、当審証人森田晴夫、有馬静男の各証言によつても、被控訴人が右のような故障のため、その職務の遂行に支障があり、または、これに堪えないものとは認められない。

その他、成立に争いのない乙第七七号証の三〇、乙第一〇七号証の三、五、九、乙第一〇八、第一〇九、第一一〇号証、第一一一、第一一二号証の各一、二、三、乙第一一三号証の一から五八まで、乙第一一七号証の一、二、三、乙第一一八号証の一、二、乙第一一九号証、乙第一二〇号証の一、二、乙第一二一号証によつても原審の認定を動かすに足らず、当審証人洞木功、蔵本正、川崎員登、吉岡義朝、森田晴夫、有馬静男の各証言のうち、原審の認定に反する部分はにわかに信用し難く、他に原審の認定に反する証拠は存在しない。

以上認定した各事実を綜合してみても、被控訴人が公立学校校長という職に必要な適格性を欠くものとはいえない。しかるに、これと異なる前提に基づく本件降任処分は、この点において、すでに、違法として取消を免れない。

次に、本件降任処分の取消が公共の福祉に適合しないとの控訴人の主張については、当裁判所も、また、これを採用しない。その理由は、原判決の理由中第四(原判決七九枚目裏一二行から同八〇枚目表一〇行まで。但し、原判決七九枚目裏一二行に「第四」とあるのを「第五」と訂正する。)の判示と同様であるから、これを引用する。

そうしてみると、被控訴人が、控訴人に対して、本件降任処分の取消を求める本訴請求は、理由ありとして認容すべきものである。これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴は理由がない。よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

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